霜降りバラエティ 神回?東京タワーの階段で二人のコンビ仲に感動と話題!

霜降りバラエティ お笑い芸人

6月21日に放送された「霜降りバラエティ」は「東京タワーを階段でのぼろう!」という企画でした。

二人の青春時代や絆が確認できるファン必見の内容だったので、その模様やネットの反応をまとめてみました。

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東京タワーを階段でのぼろう!

この企画は東京タワーの600段の階段を二人で上がりながら、これまでの人生を振り返るというものです。

東京タワーの階段をのぼるということがメインなわけではなく、霜降り明星の過去を振り返るというトーク企画であることがミソです。

0~100段 小~中学時代

まず、粗品は小学校時代は顔が長くなかったという話から始まりました。

やっぱり明るくて人気者だったとのこと。

せいやは、小学校では大阪らしく、先生が大喜利の問題を出すような学校にいたそうで、4年生のときに早くもNHKで漫才を披露しています。

コンビ名は「中島ミート」、そのときから肉と縁があるということです(肉の霜降り)。

100~200段 高校時代

2人が出会ったきっかけは高校時代にありました。

2009年、高校生のお笑い大会に「スペード」というコンビで出場した粗品を、せいやはテレビで見ていたそうです。

「粗品を倒したい」という想いを抱いたせいやは「ドンパルトン」というコンビを結成し、翌年の大会に出場します。

予選で漫才初対決

地区予選で40組のコンビが出場した中、せいやのコンビは粗品の前で見事優勝を果たします。

表彰されるせいやに対して、悔しかった粗品は「おもんないぞー!」とヤジを飛ばしたそうです。

初めての会話

優勝はせいやの「ドンパルトン」でしたが、粗品の「スペード」も審査を通過し、二人は再度戦うことになります。

「ドンパルトン」の漫才を見た粗品は素直に面白いと思い、「あれおもろいなあ」と粗品がせいやに話しかけたのが二人の初めての会話でした。

そして粗品は自分のやっている大喜利サイトにせいやを誘いました。

そのサイトにはパーマ大佐も参加していたそうです。

霜降り明星 結成秘話

「お笑いインターハイ」という大会にピンで出た粗品は2010年に優勝します。

それに触発されたせいやも翌年の同大会にピンで参加します。

見事二人揃って大阪代表となり東京へ行くことになり、そこで粗品はせいやに「コンビ組もう」と声を掛けました。

粗品はせいやのピンネタを「メッチャおもろい」と思ったそうです。

驚いたせいやはそのときは断りましたが、結局その2年後に二人はコンビを組むことになります。

せいやの高校時代

中学校まで人気者だったせいやでしたが、他の生徒がそのことを知らない高校では、笑いを取りにいったせいやに対して周りから冷たい態度を取られてしまいます。

そこからイジメが始まり、ストレスで髪の毛が抜けてしまうまでになってしまいました。

頭がハゲたということで「フリーザ」というあだ名までつけられてしまいます。

そんな辛い学生生活でしたが、イジメの一環で文化祭の劇を書くように言われたせいやは奮起し、「リアル桃太郎」という劇(コント)を書きあげます。

それをクラスで発表したとき、初めて大きくウケ、自分主導でその劇を完成させた結果、学校で一番大きな賞を受賞するのでした。

石川コール(せいやの名字は石川)が鳴り響く中、壇上で、

僕、いじめを跳ね返しました お笑いで!!」と叫ぶと、

「ウオー!」という映画のような歓声が湧き起ったそうです。

当時の自分へメッセージ

高校時代の自分へメッセージを叫ぶことになると、せいやは、

おーい、明るく振舞ってギャグとか全部返して

頭ハゲるぐらいギリギリで、陰で泣いてた俺ー

今全部エピソードトークにしてるからなー!

と東京タワーから叫び、満足気に「行こか…」と呟きました。

ツイッターの反応

まとめ

東京タワー企画は前後編に分けて放送されますが、二人の青春時代のエピソードとても良かったです。

せいやさんのイジメについては他の番組で見ましたが、かつての自分に向かって叫ぶところは、ホントに心に響きました。

霜降り明星はまだ20代ですが、それを感じさせない笑いの能力や人間性の良さが武器ですね。

後編も楽しみです。

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