貴景勝が名古屋場所休場!大関陥落した力士のその後やファンの声!

力士 相撲

7月7日より大相撲名古屋場所が始まります。

右膝の負傷の為、先場所休場した大関・貴景勝が、残念ながら今場所も休場することを決断しました。

これにより、大関で2場所連続での負け越しとなり、9月に行われる秋場所の番付けは関脇となってしまいます。

大関を陥落した力士がその後どうなったか、また、貴景勝の休場をファンはどう思ったのかまとめてみました。

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貴景勝のプロフィール

貴景勝光信(たかけいしょう みつのぶ)
本名:佐藤 貴信(さとう たかのぶ)
力士、千賀ノ浦部屋

生年月日:1996年8月5日生まれ(22歳)
血液型:O型
出身地:兵庫県
身長:175cm
体重:170kg
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大関陥落後の復帰条件

大関を陥落した場合、次の場所で10勝以上勝ち星を挙げることで大関に復帰することができるという特例があります。

しかし、翌場所に10勝できないと、特例はなくなってしまいます。

大関を陥落した力士のその後

2000年以降に大関から陥落した力士は、貴ノ浪、武双山、出島、雅山、栃東(2回)、千代大海、把瑠都、琴欧洲、琴奨菊、照ノ富士、栃ノ心です。

このうち大関に復帰できたのは、特例で10勝以上した武双山、栃東(2回)、栃ノ心だけです。

最も近いところでは、栃ノ心が今年の春場所に大関から陥落しています。

栃ノ心は初場所で0勝5敗10休、夏場所で7勝7敗となり、千秋楽に大関昇進をかける貴景勝に負けて陥落しました。

しかし、次の場所で10勝5敗の成績で大関に返り咲いています。

特例以外で大関復帰した力士は?

2場所連続負け越しで大関陥落、その翌場所でに10勝以上で大関復帰という制度になったのは、1969年からです。

この制度で特例以外で大関に復帰したのは1975年の魁傑(かいけつ)だけです。

魁傑は陥落後も7勝8敗と負け越し平幕に落ちましたが、その後平幕優勝、関脇で2場所連続11勝し2度目の大関昇進を果たしています。

初代・貴ノ花と同時代に活躍した魁傑は、当時まだ27歳だったということが、このような離れ技に繋がったといえるかもしれません。

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貴景勝の大関陥落にツイッターの反応は?

まとめ

貴景勝自身は出場したかったようですが、親方の説得で休場を決めたそうです。

膝の怪我は力士生命に関わるものなので、やはりしっかり治すことが先決ですね。

昇進した途端に陥落という珍しいケースですが、まだ22歳なので足の状態さえよければ秋場所に復帰できるでしょう。

貴重な日本人の期待の星なので、将来のことを考えた今回の措置は納得です。

秋場所に期待です!

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